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新川帆立「元彼の遺言状」の感想レビュー 新しいミステリーのかたち

yuu(ゆう)

今回は、新川帆立さんの『元彼の遺言状』を読んだ感想を紹介していきます。

この本は、作者である新川帆立さんのデビュー作なんですね。
これほんとにデビュー作?っていうくらい、キャラ設定が際立っているし、ミステリーとしての展開とか、題材にしているネタがしっかりしています。

また、話の展開というか設定が、普通のミステリー小説とは一味違うので、新感覚ミステリーと言う言葉がふさわしい作品ですね。

2021年の第19回「このミステリーがすごい!」大賞の大賞を審査員満場一致で受賞している作品なので面白さには太鼓判がついています。

それでは、『元彼の遺言状』について紹介していきます。

新川帆立『元彼の遺言状』のあらすじ

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」奇妙な遺言状を残して、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が亡くなった。学生時代に彼と三ヶ月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することとなった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。

他方で、彼女は元カノの一人としても軽井沢の屋敷を譲り受けることになっていた。ところが、軽井沢を訪れて手続きを行ったその晩、くだんの遺書が保管されていた金庫が盗まれ、栄治の顧問弁護士であった町弁が何者かによって殺害されてしまう……。

宝島社 元彼の遺言状 公式サイトより

『元彼の遺言状』の書籍情報

著者新川帆立
発行日2021年1月
発行元株式会社宝島社
ジャンルミステリー
受賞歴等2021年第19回「このミステリーがすごい!」大賞

著者の「新川帆立」さん

著者である新川帆立さんの経歴がすごいので、ここで紹介します。

新川 帆立(しんかわ ほたて、1991年2月 – )は日本のミステリー作家、弁護士。元プロ雀士。166cm、AB型。
宮崎大学教育学部附属中学校卒業。茨城県立土浦第一高校卒業。東京大学法学部卒業、同法科大学院修了。
2020年10月、著書『元彼の遺言状』で宝島社主催第19回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞。

Wikipediaより

小説家で、弁護士で、元プロ雀士ってどれだけすごいんですか!
どれか一つになるだけでもすごいのに・・・

元々は小説家になりたくて、でも現実的に考えた時に収入が得られる職業も、と言うことで弁護士になられたそうです。
プロ雀士の資格は司法修習中にプロテストに合格したとのことで、才能の塊のようなものを感じますね。

『元彼の遺言状』は、そんな「新川帆立」さんが弁護士を主人公として書き上げた、弁護士による弁護士の物語です。
内容以前に、弁護士が書いた弁護士が主人公の小説というだけでもう読みたいですよね。

新川帆立『元彼の遺言状』を読んだ感想とレビュー

『元彼の遺言状』を読んだ感想とレビューを3つのポイントで紹介していきます。

設定の秀逸さ

本の帯にもキャッチコピー的に書かれているんですが、
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」
これが目に入った瞬間、もうこの本を買わずにはいられない状態でした。

主人公の女性弁護士「剣持麗子」はとあることから元彼の訃報を受け取ります。
元彼であった「森川栄治」は大手製薬会社の御曹司。
彼の亡くなった原因はインフルエンザでしたが、なぜか彼は遺言状を書いていました。
亡くなった彼の遺言には、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」とあります。
そして、「犯人が特定できない場合は、全財産を国庫に帰属する」と。

これが社会的に話題となり、製薬会社にはたくさんの自分が犯人だと名乗る人が詰め掛けます。剣持麗子もその一人でした。剣持麗子は、友人と協力して、自分たちが犯人である証拠をつくるために、事件の真相に迫っていきます。

犯人に全財産を譲るとありますが、森川栄治の死因はインフルエンザによるものです、当然事件性がないという前提のもとで犯人たり得る人物を探していくことになります。
当然、警察は事件と断定していないので捜査の手は及びません。
なので、多くの人がお金欲しさに集まります。
そして、製薬会社側も亡くなった森川栄治が持っていた株式やら財産を国庫に入れられては都合が悪いので、どうにかして自分たちにもメリットのある形で犯人を特定したいと考えます。

こんな背景から、ストーリーがどんどん展開していきます。
ここにこの小説の一味違うポイントがあります。

普通のミステリーだと、何か事件が起こって、それに対して主人公が犯人を見つける為に真実を暴こうと奮闘する。という流れがオーソドックスですよね。

この小説が秀逸であり、一味違うのは、自分が犯人になるために事件の真相に迫っていくという点なんです。
読んでいて、ものすごい変化球を目の前にしているようでした。

主人公「剣持麗子」に映した強い女性像

主人公の女性弁護士「剣持麗子」はとても強い女性です。
やり手弁護士で稼ぎもいい、プライドが高くて男性にも上司にも臆することなく自分の価値観を叩きつける。

こういうはっきりと自分を持った女性、好きです。

重版された際の帯には、新川帆立さんのコメントが書かれているんですが、そちらにも、「令和の女は強いぞ!」と書いてありましたね。
読売新聞の広告掲載にも・・・


新川帆立さんのTwitterで知りました。

さて、そんな強い女性麗子ですが、強いだけでなく結構ぶっ飛んでるんですよね。

冒頭でいきなりプロポーズを受けるシーンから始まるんですが、40万円くらいの婚約指輪を受け取った麗子は納得しません。
婚約指輪の平均金額は422,000円だそうなんですが、プライドの高い麗子は平均では納得できず、1,200,000円の指輪でなければ納得できないと言います。
そして「お金がないなら、内臓でも何でも売って、お金を作ってちょうだい」と言い放ちます。

所属している弁護士事務所で支給されるボーナスに納得が行かない麗子は、「お金がもらえないなら、働きたくありません。こんな事務所、辞めてやる」といって弁護士事務所を飛び出します。

剣持麗子は男勝りでプライドが高く、自分に自信を持った強い女性です。

現在の日本でも、女性の社会進出はまだまだですよね。
男だからこう、女だからこうという性別で在り方を判断する方ってまだまだ一定数います。

社会の固定概念に振り回される女性像ではなく、自分を持った女性、強い女性像を、少しぶっ飛んだ形で主人公「剣持麗子」に映したのは、女性の社会進出が遅れ気味な日本社会に一石を投じるという意味でもあったのかなと思います。

贈与論を用いた解釈でミスリードを誘う

この小説は、キャラの立った強い女性や、話の爽快感、ストーリーのテンポの良さが非常に魅力的なんですが、ミステリー小説としてしっかり伏線を張って回収していくということもちゃんと展開の中に組み込まれています。

そのキーワードとなるのが「贈与論」

贈与論は、フランス人社会学者のマルセル・モースが提唱した、贈与の仕組みと、贈与によって社会制度を活性化させる方法の考え方です。

この小説の中で重要視されている考え方は、贈与論の中の、
「贈り物を交換すること、および、贈り物に対してお返しをする義務」
という部分です。

贈与について、どういう規則で贈り物を受け取るとお返ししなければならないのか、贈り物にはどんな力があって、受け取った人にお返しするように仕向けるのかが論じられている部分ですね。

モースは、贈与を構成する義務として、下記の3つの義務をあげています。

  1. 与える義務
    与えるのを拒んだり、招待をしないのは、戦いを宣するに等しい。ヨーロッパの伝承にもあるように、招待を忘れると致命的な結果となる。
  2. 受け取る義務
    贈り物を受け取らなかったり、結婚によって連盟関係を取り結ばない、といったことはできない。受け取りを拒むのは、返礼を恐れているのを表明することにもつながる。
  3. 返礼の義務
    この義務を果たさないと、権威や社会的な地位を失う。権威や社会的地位が財や富に直結する社会では、返礼が激しい競争をもたらす場合がある。

この贈与論の考え方に加えて、「ポトラッチ」の文化が取り上げられています。
アメリカインディアンの文化で、地位を誇示するために富の分配をする行為です。

一般には冠婚葬祭の際に贈答をし、贈答を受けた者は何かの機会により盛大に祝宴を開いてお返しをするという文化だったそうですね。

日本だと冠婚葬祭の際は、半返しがマナーとされていますが、
日常での贈り物だと見栄を張って少しいいものをお返ししなければと思ってしまいますよね。

それが文化的に考え方として根付いていたのが「ポトラッチ」です。

これらが、この小説のストーリーの謎となっている遺言書に意味を与えています。

贈り物に対する考え方のルール化をし、
遺言状による相続の制限、受け取りたい、受け取らせなければならない。
返礼の義務化、しかし遺産を受け取っても返しきれない。

これらの考えを読者に根付かせます。

これは森川栄治が自分が亡くなることを見越して考え出した復讐の方法なのではないか?
犯人を名乗り出させた先に何が待っているのか?

これがストーリー上の大きな伏線になっていきます。
これ以上は盛大なネタバレになってしまうので、実際に書籍で読んでいただければと思います。

さいごに

この小説はほんとに読後のスッキリ感がすごかったです。

主人公のキャラも立ってて、弁護士という設定なので、シリーズ化したり、映画化したりしてもおもしろいんじゃないかなと思いました。そしたらすでにシリーズ化の話は決定していたんですね。
いろんなテーマに立ち向かっていく「剣持麗子」の姿が楽しみです。

ミステリー小説・弁護士・贈与論
難しそうなワードが出ましたが、この本はほんとに楽しくいいテンポで読めます。

新感覚なミステリー小説『元彼の遺言状』
ぜひご一読ください。おすすめです。

小説が苦手だけど内容次第では・・・
という方は、宝島社さんのWEBサイトに冒頭部分の漫画版が掲載されていますので、
そちらを読んで続きが気になった方は書籍を手に取ってみるのもいいかもですね。

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