小説

道尾秀介『シャドウ』の感想と解説 みんな騙される決意の復讐劇

yuu(ゆう)

こんにちは。
yuu(@yu_yu211)です。

今回は、道尾秀介さんの『シャドウ』を読んだ感想と解説についてご紹介していきます。

『シャドウ』は2009年に出版された、道尾秀介さんのミステリー小説です。
この作品も秀逸な叙述トリックに騙されること間違いなしの作品です。

精神障害がキーワードになって展開していくストーリーで、話の展開やトリックはよくある感じかなという印象です。

道尾さん自身は、「ミステリーは人間を描くのに適したジャンルだ」と言っており、ミステリーを通じて人間を描くことに重きをおいています。
『シャドウ』も例外なく、人間の心模様がミステリーらしくシリアスに描かれています。

それでは『シャドウ』について詳しくご紹介していきます。

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道尾秀介『シャドウ』のあらすじ

人間は、死んだらどうなるの?――いなくなるのよ――いなくなって、どうなるの?――いなくなって、それだけなの――。その会話から3年後、凰介の母はこの世を去った。父の洋一郎と二人だけの暮らしが始まって数日後、幼馴染みの亜紀の母親が自殺を遂げる。夫の職場である医科大学の研究棟の屋上から飛び降りたのだ。そして亜紀が交通事故に遭い、洋一郎までもが……。父とのささやかな幸せを願う小学5年生の少年が、苦悩の果てに辿り着いた驚愕の真実とは? 

道尾秀介OfficialWebsiteより

道尾秀介『シャドウ』の書籍情報

著者 道尾秀介
発行日 単行本:2006年9月29日
文庫本:2009年8月14日
発行元 東京創元社
ジャンル ミステリー
ページ数 単行本:284ページ
文庫本:348ページ
著者のその他作品 雷神|月と蟹|カラスの親指|向日葵の咲かない夏|etc

道尾秀介『シャドウ』を読んだ感想と解説

それでは、『シャドウ』について、感想を交えながら解説していきます。

以降ネタバレ要素も含みますので、まだ読まれていない方は読んでから記事をお読みいただくことをおすすめします。

タイトルの「シャドウ」が持つ意味

小説のタイトルである『シャドウ』。
日本語訳すると影ということになりますが、
これは心理学用語で、自分では認めたくない自分のことを指します。

シャドウは誰もが知らず知らずのうちに持っている側面です。
例えば、
太っていることを認めたくない自分
プライドが傷ついてしまうような事実を受け入れられない自分

誰でも直視したくない事実はあるものですが、これによるストレスが強すぎると、精神的に壊れてしまう場合もあります。

そして、この小説の中でも登場する投影という作用があります。
なんだかよくわからないけど、この人は嫌いだ
なんて思うことありませんか?
これは無意識のうちに、シャドウ(認めたくない自分)を相手に見ている可能性があります。

自分の中に、認めたくない自分がいる場合に、自己防衛として認めたくない自分を他の人間に押し付けて見てしまうような心の働きです。

例えば、仕事の同僚のことを本当は嫌いだと思っている自分がいたとします。
しかし、大人ですし、仕事上の付き合いなので、嫌いという感情を無自覚に押し殺しています。
すると、本当は自分が相手のことを嫌いなはずが、
あの人は自分に対して冷たい、あの人は自分のことを嫌っている、
などと思うようになります。

これが投影です。

この「シャドウ」による「投影」という心理現象が物語の中での最も重要な仕掛けになっています

コタール・シンドロームとカプグラ・シンドローム

『シャドウ』では、精神疾患にテーマを当てたストーリー展開となっています。

小説の中では、様々な疾患名が登場しますが、コタール・シンドロームとカプグラ・シンドロームは序盤に登場する精神疾患名です。

コタール・シンドローム

コタール・シンドロームは自分がすでに死んでいる、存在していないなどの妄想的な考えを抱いてしまう精神障害と言われています。

小説の冒頭では、妻の葬儀中に洋一郎は自分が死んでしまったような奇妙な感覚に襲われます。

冒頭から、洋一郎に何かが起こっていくのではないかという疑念を持ちながら、この小説を読み進めることになります。
読後に読み返してみると、冒頭のこの辺りからすでに伏線を蒔いていたんだなという感じがします。

カプグラ・シンドローム

カプグラシンドロームは、近親者(親や子供・兄弟)などが瓜二つの偽物と入れ替わったと考えてしまう妄想のことです。
妄想型の統合失調症に多く見られる症状でもあるそうです。

小説の中では、洋一郎の友人である水城がカプグラ・シンドローム疑いの存在として登場します。
この辺りが明らかになっていくのは中盤以降ですが、読者のミスリードを誘う存在として水城のストーリーが展開していきます。

結局読者は何に騙されるのか?

『シャドウ』を読んでいて感じるのは、登場人物のほとんどが闇を抱えているということ。

登場人物ごとの背景をご紹介します。

  • 我茂凰介
    洋一郎の息子、母の葬儀に感じた違和感をきっかけに、脳裏に不思議な映像が浮かび上がる。
    記憶なのか幻覚なのか?
    物語の後半まで真実は明かされない。
  • 我茂洋一郎
    凰介の父、過去に精神疾患を患っている。
    学生時代は精神医学を学び、大学病院に勤務している。
    妻の死をきっかけに精神的に不安定な様子がうかがわれ、息子の凰介に心配されている。
  • 水城徹
    洋一郎と学生時代からの友人で、家族ぐるみの付き合いがある。
    妻である恵の浮気を疑っており、疑いの眼は娘の亜紀にまで向いていた。
    結果、精神的に不安定な状況に陥っており、精神安定剤を服用している。
  • 水城恵
    徹の妻で亡くなった洋一郎の妻とは親友だった。
    徹から浮気を疑われ、家庭環境に悩みを抱えている。
    家庭に疲れてしまった恵は、徹の勤務する大学病院の建物の屋上から飛び降り、自らの命を絶ってしまう。
  • 水城亜紀
    徹の娘で凰介とは同級生。
    幼いながらも過去に性的犯罪被害を受けており、自らを閉ざしている。
    その過去は誰にも打ち明けていない。

冒頭から登場する精神疾患を示唆する用語と序盤から中盤にかけて明らかになっていく登場人物たちの背景から、読者側は様々な妄想に掻き立てられることになります。

水城恵の死をめぐって様々な異変が起こっていくのですが、誰が黒幕的な関わり方をしていてもおかしくないような背景が明らかになっていくので、様々な視点で疑いの目を持ちながら読んでいくことになります。d

結局、この登場人物たちの持つ背景に騙されました。
大抵の場合、もっとも怪しくない人物が最大の黒幕というのがミステリーの王道…

L字の合図に込められた意味はなんだったのか?

『シャドウ』を読んでいて感じた疑問の中に、洋一郎と凰介の間で交わされていたL字の合図にはどのような意味があったのか?というものがあります。

おそらくは上記の画像のようなハンドサインです。

小説の中ではこの合図が3回登場します。

凰介は意味をわかっていないとしながらも、「賛成」「了解」「心配無用」など何にでも使える合図であるとしています。
そして、凰介の視点では、洋一郎も理解していないのではないかと考えられていました。

この指で作るL字は、日本で言えば拳銃などを示す意味に捉えられますが、世界ではさまざまな意味を持つハンドサインとして用いられているようです。

親指と人差し指で作るこのL字のハンドサインには「LOVE」という意味もあるようで、洋一郎が意味を持って使っていたサインであるとすれば、「LOVE」の意味を持ったハンドサインをどんな時でも使える合図にしていたと考えるのが、親子の関係性を見てもしっくりくるし、素敵だと思えます。

このサインですが、序盤で大した意味のないサインであると言われながらも、中盤では洋一郎の状況を示す重要な合図として使われています

よだかの星の解釈

この小説の冒頭は、宮沢賢治の短編小説『よだかの星』の引用から始まります。
小説などで他の作品からの引用がある場合は、小説のテーマを引用部分が示している場合がほとんどです。
『シャドウ』で引用されているのは以下の部分です。

それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。
そして自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。
すぐとなりは、カシオピア座でした。
天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。

道尾秀介|シャドウ|東京創元社

よだかは見た目の悪い鳥でした。
周りの鳥からは忌み嫌われていた存在です。
そんなよだかはある日、鷹に名前を取り上げられそうになります。
名前を変えなければ、鷹に殺されてしまうというのです。
悲観したよだかはその夜空を飛び回ります。
すると、一匹また一匹とよだかの口の中にカブトムシが飛び込んできて、よだかはカブトムシを飲み込んでしまいます。
そしてよだかは、毎晩たくさんの虫が自分に殺されていること、そして今度は自分が鷹に殺されようとしていることに悲観し、星になりたいと願います。

『シャドウ』で引用されている部分の前には、このようなストーリーが存在しています。

よだかは、食物連鎖や弱肉強食の世界に悲観し、理不尽な理由で殺されようとしている自分に悲観し、自ら星になりたいと願ったわけですが、星になる=死という解釈で間違いないと思っています。

そして、よだかの星は燃えつづけ、今でもまだ燃えています。
と締め括られますが、よだかの想いが受け継がれていくことを示唆している言葉だと解釈しています。

これは、読者に宛てた言葉であり、当たり前のことに違和感や苦痛を感じたり、理不尽なことに耐えきれない想いを持つ全ての人たちに向けた言葉とも解釈できます。

『シャドウ』では、凰介の母・咲枝の死を通してさまざまな事件が巻き起こっていきます。

咲枝が亡くなった悲しみと家庭生活の苦しみから逃れようと自ら死を選んでしまった恵
辛い過去の経験を思い出すことで死を覚悟した亜紀

理不尽さに苦しみ、死を選択する…

そういう意味ではよだかと重なる部分があります

『シャドウ』にはそこからさらに救済の物語が待っています。

洋一郎や凰介がやったことがある種の救いです。
理不尽さに耐えきれなかった恵と亜紀の対比的存在であるかのように、洋一郎と凰介は立ち向かいました。
そして、ちょっと倫理的にはどうかと思うけど、物語としてはスッキリした結末を迎えることになります。

そして、咲枝の存在は、凰介が物語の序盤で感じた違和感の正体とともに、残り続けることになります。

『シャドウ』から学べること

最後に、『シャドウ』から学べる要素について整理します。

  1. 心理学・精神医学用語がわかる
  2. 文学作品(よだかの星)を考える

心理学・精神医学用語がわかる

『シャドウ』は心理学や精神病などを題材にして描かれたミステリー小説です。

疾患名や心理学用語、薬剤名などが要所で登場し、読者の理解を得るために簡単な解説もされているので、心理学・精神医学用語の勉強にもなります。

文学作品(よだかの星)を考える

宮沢賢治のよだかの星は、教科書に掲載されたり、試験の課題になったりと、老若男女にわたって触れられてきた文学作品です。

物語の中にはかなり深いテーマが描かれていて、それは発表から100年経った今でも課題となっているものです。

SNS等により無差別な誹謗中傷に苦しみ命を絶ってしまう人
フードロス問題

これらは今顕著に問題視されている事柄ですが、よだかの星で描かれていることとも繋がってくる気がします。

『シャドウ』執筆にあたり道尾秀介さんが参考にした文献

道尾秀介さんは『シャドウ』の執筆にあたり、以下のような文献を参考とされています。
これらが、『シャドウ』で書かれている学術的内容の裏付けとなっています。

『新編 銀河鉄道の夜』宮沢賢治著(新潮文庫)

『性格の病理』詫摩武俊・鈴木乙史・清水弘司・松井豊編(ブレーン出版)

『『精神障害者の犯罪』を考える』山口幸博著(鳥影社)

『精神分析が面白いほどわかる本』心の謎を探る会編(河出書房新社)

『超常現象をなぜ信じるのか』菊池聡著(講談社)

『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャドラン、サンドラブレイクスリー共著(角川書店)

さいごに

『シャドウ』は結構ダークなテーマを持った小説なんですが、どこか軽さもあって、読後のスッキリ感もしっかり残る作品です。

なぜこのテーマ・内容で、この軽さを表現できるのかと考えたときに、主人公の凰介の存在がダークさを中和してくれる良い存在になっているのだと感じました。

幼い小学生が、辛い真実に向き合いながらもいつの間にか強い存在に成長していく。

そういった凰介の存在感がこの小説に読みやすさを与えている要因の一つです。

全体のストーリ展開というか、騙しの要素的な部分は、道尾秀介さん著の『カラスの親指』にも似た部分があるかなという印象でした。

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